第十話:東京という幻想に包まれて

アイキャッチ我々の計画というのは、目標が定かでないから失敗に終わるのだ。どの港へ向かうのかを知らぬ者にとっては、いかなる風も順風たり得ない。
ーールキウス・アンナエウス・セネカーー

・計画

年月は人を変える。

従兄弟の車で東京へ送られている中強く実感した。

二つ上の従兄弟は暫く合わないうちに大分角が取れた。かつて同じ家に住んでいた時は癇癪持ちかと思うくらい怒りやすく、荒れ狂う感情のままに家の中に穴ぼこを開ける男だったが、引っ越してから心境の変化があったのか、穏やかな男に様変わりしていた。車を持っていて、東京まで乗せてくれる可能性が高い知り合いはこの人を除いていなかったので大変ありがたい。

正直家を出るときのばあちゃんの顔を見た時、途方もない寂しさがこみ上げて来て言葉にできない胸の締め付けに車内では暗い雰囲気になってしまうかもと思っていたが、従兄弟がフランクな口調で話してくれたのですぐにニュートラルな状態へ戻って来れた。細やかな心配りは以前の従兄弟にはできない芸当だろうなと変化を感じながら、一段落した所で窓から外を覗くと頭に入ってくるのは景色ではなく情景であった。

ーー

家具や生活用品は全て自分で揃えねばならない。そんなことをバイト先のスーパーで話していたら田所さんが家電を譲ってくれると言う。長男が一人暮らし用に揃えた家電が一通り家に余っているらしい。渡りに船だ。ありがたい。無料で揃えられれば大分楽になると思った矢先、値段の交渉が始まった。無料ではないらしい。この一筋縄ではいかないばっちゃまな所もなんか田所さんらしくて笑ってしまった。

結局は諭吉が何枚か飛んでいく事になった。くそ!得したはずなのになんか負けた気がする。

家電はなんとかなりそうなので、早速家を見に行く。これからは何から何まで全て自己責任だ。ホームズやSUUMOで家を探し、不動産屋さんに行き家を決める。数件目で運命の出会いをした。その大家のおばさんは今まであったどの人よりお金持ちそうな外見をしていた。高そうな宝飾品が怪しい光をまとって指や腕のいたるところに鎮座していた。悪趣味か。だが話すと割といい人で近所に住む危険人物の情報を教えてくれた。

木造二階建てのしょぼいアパートで床が傾いているおまけつき。ビー玉を落とすと転がっていく光景はユーモラスだ。壁は薄いし、キッチンも年期が入っている。しかも窓を開けると目の前の一軒家の窓と向かい合わせだ。だが欠点のあるこの家はどことなく好感を持てた。人みたいな家だと思った。気付いたらこの部屋で暮らしていく気持ちになっていた。

一人暮らしに必要最低限なものの目処がたった時、完全に親の手元と離れたんだと強く実感をした。俺は一人で生きていくんだ。寂しさより全てを自分で決める事ができる喜びの方が勝っていた。

ーー

談笑しつつ、風景をずっと眺めていた。少しずつ故郷から遠ざかっていくのは外に見える色が自然な緑から工業的な白に変わっていく行程で感じ取れた。

 

車を降りる時に俺は卒業後のイメージをなんとなく持つ事ができていた。
「人の人生にも何かしらの手助けをできるようなちゃんとした大人になりたい」

親父を反面教師にしたのと、無償でお金を貸してくれたり、力になってくれた善意を持つ方々への憧れが入り交じっていた。

お世話になった人達が安心できて、イメージ通りの人生を歩んでいけそうな就職をしたいと思った。なので、ある程度年収が確保されて、知名度が高く田舎の人でもわかるような地銀のような大企業への就職を大学のゴールにした。そのために就活に有利な能力やその裏付けエピソードは大学生活における絶対条件だろう。

インターネットを漁った時に、「コミュニケーション能力」「英語」「リーダーシップ」等の能力が汎用的でどの企業でも求められているように感じられたので、俺は安易に大学のマンモスサークルである英語会にて、代表まで上り詰めることを一旦の目標として置いた。

だが、そういうちゃんとした目標も大切だが、まずは彼女が欲しい。切実だ。可愛い彼女と大学生活をキャッキャうふふで溢れるようなものにしたい。

一年間女人との会話がほとんどなかった俺の中で肥大化した野望は既に建前では隠しきれないのである。

正直言うと入学までの数日、俺は希望と下心で胸がいっぱいだった。

・洗礼

最寄り駅で降り、校舎を目指す。

初日はドキドキとワクワクで落ち着きなく登校をしたこの路も少しづつ慣れて来て今では人ごみに対する嫌悪ばかりが湧いてくる。見知らぬ人がパーソナルエリアに容易に侵入してくる。都会は人との距離が近くて息が詰まりそうだ。

入学式でいきなり賛美歌や聖書が出て来たときは入る大学を間違えたかと思った。常識についていけず最初はトイレで一人こそこそ弁当を食べるキャンパスライフを送るのではと危惧したが、どうやら俺は出会いに恵まれているらしい。最初に仲良くなったのが内部進学生だったおかげで、ある程度顔見知りを作ることができた。

話をしているうちに判明したのだが入学式で賛美歌を歌っていたのは彼らだった。高校や中学でも歌ってたから覚えてしまったらしい。内部進学の事情を聞いていると内申点やらなんやらで順位づけをされ、上の人からいける学部を選べるらしい。中学から付属にいるやつはお金持ちが多いらしく、そういう話をしてくれる友人Mも親はバリバリの金融マンで中学から付属とのこと。Kは高校からで親は個人事業主ぽい。彼らの知り合いはほとんどが同じ大学内にいるらしい。

何かズルい気もしたが、男子校の劣悪な異性事情を聞くと、恨むに恨めないどころか気の毒だ。彼らの欲求は解放を迎えることはなく倒錯し、二次元への希求者を増やしたらしい。女子校や男子校とは無縁の田舎で生きてきた俺と、都会の男達に本当の意味で揉まれて生きてきた彼らとの微妙なズレは俺たちの仲を急速に縮めるのに大活躍してくれた。

 

入学式から連日俺たちはサークル巡りをしていた。彼らは吹奏楽部に所属していたのと、俺自身が趣味で音楽をやっていきたいと思っていたので音楽系のサークルを集中的に見ていた。だが、音楽にはお金がかかる。維持費や遠征費、年会費、交響楽団に足を運んだ際には資本主義の暴威に横っ面を殴られた気がした。彼らはバイトもせず必死に練習をするらしいが、年で100万ほど毎月かかると言われた時は新たな世界が開けたような衝撃を受けた。そして、そうだよなーという顔で悩んでいる友人達に戦慄した。忘れがちだったが彼らは金持ちなのであった。

俺は音楽への軽挙を慎むことにした。

そして、大本命の英語会へ足を運ぶ。

尊敬すべきリーダーと、熱量高く動く献身的なメンバー、マンモスサークルの持つ多様性、そして全員が信じて疑わない大きな目標。そんな組織に凄く魅せられた。

将来の逆算から来る理性的なものは最初からあったが、感情的な、説明できないような部分でもここで間違いはないとそう言っていた。

俺は理性と感情を総動員して大学生活をここにベットすることに決めた。

・失望

大学1年時の上半期は一瞬で過ぎていった。

英語会にサークルを決め、鍋屋さんのオープニングスタッフとしてバイトを決め、そして、下半期のゼミを決めた。

正直なところ、大学の講義と学生の質には不満を覚えていた。一方的な演説で終わる講義。一向に静かにならない大講堂。学業に対して執着のない学生。必死に掴もうとして手を伸ばした先はこんなもんなのか?

少人数生のゼミは期待していて、レポートはある程度文献を持ち寄って寡占と独占による経済的影響についてを書いたが、他の大部分の学生はマクドナルドは何故安いのか?のようなトレンディでウェブで調べれば事足りるようなものを持ってきた。ガチ勢と呼ばれる本気でやっちゃうタイプの人間は浮いていた。俺はショックだった。質疑応答で少し突っ込んだ事を聞けば空気が重くなっていく感覚が凄く嫌だった。俺の順番になると誰も質問をしない時間が凄く苦しかった。俺は周りから見れば変な奴だったのだろう。単純に思い入れが強すぎただけなのに。皆が皆この学部に興味があるわけではない。足並みを揃える授業だったのだろう。そんな前提を俺は考慮できていなかった。

俺は嫌になってしまった。頑張れば浮いてしまう。それなら馬鹿になって遊んでた方が楽しい。そんな偏屈なことを考え始めたら、どんどん講義の出席率は落ちていった。大学生は誘惑が多い。朱に交われば赤くなる。どんどん堕落していった。

そんなゼミも、下半期から教授の元で専門的なテーマを持って取り組むことができる。だが学部生の6割くらいしかゼミに入ることはできない。教授の数は限られている。妥当だろう。人気の高いゼミは倍率も高く落ちる可能性があがる。逆に一次募集で埋まらないゼミもあるので、そういうゼミには二次募集がある。ゼミに入ることを目標とし、大穴を狙う人達もいて興味深い心理戦が繰り広げられていた。

俺は迷わず学長のゼミを選んだ。実績を見るとここはゼミ連合というゼミの活動を取り締まる活動をしているメンバーへの選抜率が相当高い。ここのゼミ長かゼミ連のリーダーになれば推薦があるらしく相当就職は楽になる。試験内容も学部学科ゼミの三段階で志望理由を納得させるようなものだったので満足いくものが作れた。

俺は当選した。

ここが学生生活最大の学業への期待が満ちあふれた瞬間だった。

だが、人生は上手くいかないものでして、俺はゼミをすぐ辞める事になった。

テーマは「日本経済史」
俺は一年目の受験で政治経済、二年目の受験で日本史を勉強したので、知識としては大分広く持っていたと思う。

ゼミ内の輪読が始まった際に、先輩方が基本的な単語を聞いたり、理解していない部分があるところを露呈する度にショックを受けた。選抜を抜けた後でもこのレベルなのか。もっと凄い人達と学ぶ機会を共にできると思っていた。俺はなんでも環境に期待しすぎる。

決定打になったのは、教授との連絡手段や課題の提出方法だった。それはノートパソコンを全員が所持している前提でのツールだったので、俺は情報を知るにもゼミ仲間を頼らなければいけなかった。ある日教授の元に行くと、知らずの内に課題が未提出だったらしい。俺はゼミを辞めさせられる事になった。

俺は交渉や食い下がることもせず、退室した。

身勝手にも絶望や怒りを感じていた。ノートパソコンを買う事のできないお金のなさから来るどうしようもなさを考慮してくれない教授だったり、先輩達の実力から来る目指すべき目標の喪失であったり、自分がこれからずっとバイトして節約してやっと卒業できる水準なのに、何か活動するのにはお金が付き纏う現実であったり、できたことはたくさんあるのに行動しなかった自分であったり、色々ぐちゃぐちゃだった。

でも冷静になると選びとっていたと思う。元々必要なリソース的にサークルとゼミの兼務は不可能だったので、サークルで就職に必要な要素を揃えるという決断をして、条件がいいならゼミ方面に鞍替えしようかなと考えていた。

サークルを辞め、ゼミで卒業までの必要用件を満たせばいいと決断していれば、もっと教授と交渉してツールでのやり取りをメールにしてもらったり、自分でゼミをよくしようと努力したと思う。また、先輩達を理解しきらないまま安易に失望したりしなかったと思う。頭の中は最初から懐疑的にゼミを見てしまっていた。フラットに見れていたら違った結論もあったのかもしれない。

欲しいもの、なりたいものがあるから大学に入ってから選び捨てるの繰り返しをずっとしている気がする。欲しいものを得るための労力を惜しむつもりはないが、どの選択がより可能性が高いかは精査し続ける必要がある。

ゼミは就職の推薦があるが、推薦先の種類は豊富な訳ではないし、コミュニケーション、英語力、リーダーシップの要素に変わるものを、ゼミで得たと証明するには不確実性が高い気もした。何より感情の面で大きく差はついていた。俺はサークルのメンバーの常識ハズレな所や勝手に熱くなって勝手に泣いちゃうような熱量の高さが大好きだった。いい子ちゃんでいることは俺はあまり得意ではない。

サークルに対する期待値の確認ができてモチベーションは高まったが、代わりに学業に対する意味づけが全くできなくなってしまった。切磋琢磨して学んだ先に何があるというのか、張り合いをなくした俺は一年の後期から二年後期まで合計で14単位ほどしか取れない、Twitterで笑いをとることが生き甲斐の典型的な量産型大学生に成り果ててしまった。

果たして俺は4年できちんと卒業できるのだろうか。。。

【第十一話へ続く】

あとがき

大学生遂に始まりましたね。本当可愛くない大学生だ。笑

書いてて今の自分の
目標から逆算して必要最低限の水準を最低限のコストでこなしていくという考え方や、自分で意味づけができないことをこなせないところや、先輩や目上の人に対して完璧を求めがちなところとか、全然変わってないなあと思いました。

根底には後悔しない人生を歩むために、常に自分で選択して納得を持って生きたいという思いがあって、その上に選んだことをこなすにも楽をしたいという怠惰な気持ちがあって、試験等でスクリーニングがあった場合、要領が悪いせいで大変な目にあったと感じてる分、変に期待値が凄く高くなってしまうというところから来てるんだろうなあと思います。期待値を超えた尊敬する人に追いつくために頑張りたいというのが正直なところです。

改めて振り返ると、自分が許せなかった完璧でない先輩に自分がなっていると思います。自分勝手な感情を他人に対して持っているのに、自分自信の行動には求めない嫌な人間になってたんですね。いや、本当に恥ずかしい。気付けたという意味でブログ書いてて本当に良かった。最上志向が欲しいです。

今回のテーマは「トレードオフ」です。

一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態・関係のことを言うのですが、人生の選択はひたすらにこのトレードオフが付き纏うと思います。遊ぶか勉強するか、昼寝するか散歩するか、私たちは毎日毎日選択をすると思います。その時に感情だけに流されず、ある選択で失うもの、得るものを考えて、他の選択ならどうなるんだろう?と一旦選択肢を考えた上でやっぱりこれだ!と決めることができる人生は後悔しない人生になるのではないかと思ってます。

最初は凄く手間なんですが、繰り返していくうちに、自分の好き嫌いや、譲れないもの等の分別がされていってちょっとした自己分析にもなりますよ。

大学入学以来、自分で選択を重ねてきた分、反省はあれど後悔をしたことはありませんので、この機に少しでも試してもらえたらと嬉しいです。

誰かの一助になれば幸いです。
2017/10/16 ロマンチストサラリーマン

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