未来に生きる。今を生きる。

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どうも、ロマサラです。

先日、彼女と花火大会に行ってきました。

突然ですが花火大会に行く時皆さんは何を持っていきますか?

もしかして手ぶらですか?

多分ビニールシートを持参すると思ってます。いや、そういう設定でお願いします。笑

ですがインドア派の私はビニールシートを持っていません。そこで腰を下ろせるように大きい紙袋を持っていって、帰宅時には捨てるという考えに至った訳です。紙袋も雰囲気いい感じのものにすれば悪目立ちすることもないです。

このアイデアを思いついた時、とても良い案だと思いました。

なので自慢げに待ち合わせ場所に行くと、彼女は「新聞紙」を持ってきたと私に告げました。

この時、私の頭の中では、「紙袋」と「新聞紙」の性能比較が行われました。
「紙袋」コスト:小、見栄え:中、携帯性:極小
「新聞紙」コスト:極小、見栄え:極小、携帯性:大

地面との境界線の役割を果たす事を最低限の条件とした中では、「新聞紙」は最高峰のコストパフォーマンスをたたき出すんですね。

思わず感嘆しました。

彼女の事を気にして少し見栄えのいい紙袋を用意したのに、彼女の方がより実益で物事を考えていてちょっと笑っちゃいました。

そんな出会い頭のやり取りをしながら行ってきたんですよ。

 

ここからが本題で正直花火大会はあんまり好きではなかったんですね。

何のために行くのか理解できていなかったんです。

何度か足を運んだことはありますが、花火自体にあまり興味がもてなくていつも場の価値の最大化を目指して話すネタやどんな振る舞いが良いだろうかを考えて実行ばかりしていました。

いつも将来の事を考えて、この場をどういうものにしようかを考えていました。

 

そんな横で、友達や彼女はいつも楽しそうに空を眺めていました。

いつも不思議でした。この場を楽しもうと。それだけでいいじゃんと言う人たちの思考が全くわかりませんでした。

 

私は先日の花火で、初めてその意味が少しわかったと思います。

初めて花火を奇麗だと思いました。

初めて花火大会というイベントを通した未来ではなくて花火大会自体に焦点を当てることができました。

花火があがると嬉しそうにする子供や、iPhoneで動画をとっている大人達。そんな中に混じって私は彼女とたこ焼きを食べながら空を眺めていました。

 

以前の自分を振り返って見ると、昔の考えや行動は恐れから来ていたと思います。常に高い価値を求められて、常に競争に晒されて、常にどんな時も未来にのために投資をしなければと。そうしなければ幸せなど築けない。それをできない自分は価値などなくて社会から見放されてしまう。

ずっと投資をし続けなければ。そういう恐怖が私をずっと縛っていたと思います。

そこが変わったのは、彼女と話し合いを重ねて駄目な自分でも見てくれると、そう信じられるようになったおかげなんだと思います。
心理的なセーフティーネットを感じられるのは人生において凄く重要な事なんだと体感を伴って言えるようになったと思います。

 

今現在のあるがままを楽しみ生きる時間を過ごしてみて少しだけ心が通った人間になれた気がしました。同時に今まで多くの感情や感動をふいにしてきたのかもしれないと思いました。

ですが、機会を効率的に使う観点も非常に重要という考えも根強いので、時と場合によって切り分けができるようになりたいなと強く思えました。

 

そういえば彼女はいつも今を生きるのに必死で、そんなところから来る真摯さにいつも心打たれてきたなあと。未来に傾倒して生きると、今を全力で生きている人の眩しさにいつも浄化されそうになります。笑

最近、秦基博さんの『Girl』を彼女が流すのですが、とてもいい歌ですね。

自分はすぐ、歌詞に自己投影する質なので重ね合わせてしみじみしてしまいます。そういうところがロマンチストを自称する要因になってますね。本当客観的に見ると恥ずかしい。

とりとめもなく書いてしまいましたが今回はこんなところで。

2017/8/7 ロマンチストサラリーマン

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