第四話:愛すべき日常

アイキャッチ

第四話:愛すべき日常

・高校選び

家から最寄り駅まで自転車を20分漕ぎ、電車に15分ほど乗る、降りた駅から真っすぐ進んで、最初の十字路を右に曲がって真っすぐ行くと学校に着く。これらが全部合わせて45分ほど。

年次が変わる際に、改めて提出を求められた通学経路の地図と合計所要時間は二度目にもなると苦労もなく記入できる。

ーー

僕は高校生になった。

高校の選定基準は勉強しなくても入れそうな学校で一番偏差値が高いところ。調べてみると駅から近いし、元女子校という事もあり男女比も悪くなかったので思春期真っ盛りな僕は即決をした。

学習は嫌いじゃない。中学時代の校内順位は悪くなかった。だけど点を競うような人たちは塾に通いだし、点数に少しずつ差ができてきていた。そんなとき当時点数を競い合っていた友人は僕を塾の体験入学に誘った。

体験入学は結構良かった。熱意のある生徒達と少し難しい問題にチャレンジする環境は正直魅力的だ。ここにいれば点数の差も縮まって彼らと同じ志望校にいけるかもなとも思った。だけど申込書を見て愕然とする。今の僕には凄い高価だ。そんなお金は持ち合わせていない。友人にそれらしい理由で塾に行かない事を告げ、熱くなる気持ちにそっと蓋をした。

また、家に帰ってまで勉強する意味も持ち合わせていなかった。勉強するメリットを教えてくれる人や、勉強にご褒美を与えてくれる人はいなかった。どうせ高校を出たら就職をするのだ。そんな僕が上記の判断基準で高校を選ぶ事はおかしい事ではないでしょう?

 

・人と成る

僕は野球部を引退してから髪を伸ばしていた。この頃になると多発性円形脱毛症も少しは手加減をしてくれていて、髪を伸ばせば上手く隠せる時期が出てきた。隠せるなら隠したいがため必然的に髪は長くなりがちで僕は『公然猥褻カット』と呼ばれる髪型を維持するようになる。

だがこの状況は新たな苦悩を呼び寄せた。脱毛症を全部隠せる時期は深い安堵を持って生活をできるが、逆に隠せない時期は狂おしいほどの悲嘆と不安が押し寄せ神経質になる。希望を知るからこそ絶望はより深いとは誰が言った言葉か知らんが真理だと思った。寄せては返す波間のように、苦悩と希望が交互に押し寄せ僕の心を蝕んだ。

知ってるか?強風が吹くだけで、髪の毛に動きがあるだけで不安と恐怖で心臓が高鳴ってしまう人も世の中にはいるんだよ。

そんな僕だ。入学式で友達ができるか除け者にされないか非常に不安であった。初めての登校日は過剰に緊張をした。僕は出身中学が同じ人を捜しキョロキョロする。そんな僕をあざ笑うかのように周囲では挨拶が飛び交っている。

ーーどういう事だ!?

僕は混乱をした。全員が受験を乗り越えてきたはずだ。どの学校にも学力にはグラデーションがあるので同じ中学で同じ学力を有するものはそんな多くないはずだ。そう考えると各人の顔見知りはそうそう多いものではない。なのにこの和気藹々とした雰囲気。何かがおかしい。何故こんなにもコミュニケーションの種があるのか。疑惑の目を周囲に向けていると同輩がいたので話を聞く。

「ああ、なんかmixiで前もって繋がってたらしいよ。コミュニティがあって一度集まったらしい」

み、mixiだぁ?
この時、雷は落ちた。盲点であった。その手があったのか。僕は交渉の末に中学3年生でやっと携帯を買ってもらう事ができたので周りより携帯に精通していなかった。どうやらコミュニティというものを有するモバゲー、gree、mixi等のサイトを通じて友誼を深めていた人たちの努力の芽が今ここで芽吹いているようなのである。

ーー負けた。

僕は謎に打ちのめされた。先行きが一気に暗くなるような感覚と焦燥感が湧いてきた。不安を隠せないままに僕らは教室に向かう。

結果から言うと、そんな不安を吹き飛ばすような幸運に見舞われた。中学からの同期がバスケ部の、席が近いおかげで一番始めに仲良くなれた人が軽音部のハブとなってクラス内でグループを作ったのだ。バスケ部や軽音部という華やかな部活に入るようなやつらだ、コミュニケーション能力に長けている。このグループは穏便な変人が集まり『リア充と道化が混在する穏健派グループ』となった。僕は運良くスクールカーストの中流に紛れ込めたのである。

僕はクラスに安寧の地を手に入れることができた。高校生活も無事過ごしていけそうだと安堵したものである。そんな僕は軽音部と悩んだ末に弓道部へ入部を決め、心から待ち望んでいたバイトを始めた。

僕らの家族はお金で長年苦しみ、色々なものを我慢してきたと思っている。そんな環境では我がままなど言えなくて、遊びにいく事もなるべく控え、お年玉やたまにもらえるお小遣いを細々と使って遊んできた。ずっとこつこつと貯めたお金でPSPを買った時は涙が出そうになったものである。そんな僕はずっと労働活動に勤しめる身分を渇望していた。

学校近くのスーパーのバイトに受かった時、初めて地に足をつけた感覚を覚えた。自分の生活を自分で支えることができるようになった。今までは家族として養われなければならなかった身分だが、この事実を持って僕は『人』に成ったという感覚を得た。そんな僕はバイトと部活に狂ったように打込んでいくのである。

・良き隣人

高校に入ると多様性を感じる機会が増えた。一学年の人数も中学校とは比べ物にならない分、思想観が異なる人が多くいた。バイトでの年代を超えた交流は特に新鮮だった。また、中学の野球部は友情・努力・勝利みたいな熱い文化だったが、弓道部は非常に緩い文化で変わった人が多かった。正直こいつ世に出して平気かと俺ですら危ぶまねばならない輩もいた。常軌を逸している。だがそういう奴は総じて最高に面白い。交流できる人の数が増えたのは勿論そうだが、歳を重ね選択を経る事で全体的に価値観が形作られ始めている気がする。

特にバイト先は狂ったような人ばかりで最高に刺激的だった。

社員が2人ほどいて、片方は気のいいオッサンで優しいのだが、もう片方の若い爽やか系の社員が困った奴で僕を見ると仕事をすぐ丸投げしてくるのである。「これやっといて」の台詞を何度聞いたかわからない。真面目に働く姿より電話してる姿を見る時間の方が圧倒的に多かったが、あるときお客さんから電話ばかりしてる社員がいるとタレコミがあって、コッテリ絞られた姿が見れたのは僕の溜飲を下げた。

バイトの人は独特な人が多かった。
坊主の筋肉ゴリラ『キム兄』、アッシュの短髪で長身イケメン『小林サン』、凄く一般的な髪型の尻好き『久保田先輩』、黒髪長髪でいたるところにピアスが付いてる『福島』、ヤンキーヘアーのいいやつ『柳』、茶髪で前髪パッツンの後に僕の従兄弟と付き合う『大島』他にも人はいたがこの人たちと働くのは最高だった。

バイトの仕事は倉庫から商品を持ってきて棚に補充する『品出し』と『レジ打ち』で僕は食品の品出し専任だった。そんな中、飲料担当だったキム兄は結構な頻度で今で言うパワハラをかましてきた。

ペットボトル飲料は大抵12ℓで一つの段ボールになっていてキムゴリラさんはよく3、4箱ほどを持ち上げ倉庫から売り場まで運び、発奮していた。筋トレだ!という名目の元僕はよく呼び出しを受け運ばされたものだ。虚弱な僕は2箱持つと腕がもげそうになる。重いと喚くと必ず、フン!と鼻息荒く僕より重いものを持ち上げてこっちを見てくるのでたまったものではない。

お前の凄さはわかった。頼むから俺のを一つ持ってくれ。と何度も心の中で呟いたものである。小林さんもよくそんな僕らを見て悪ノリをしてきた。この二人とシフトがかぶると本当にろくでもない事になる。だが飴とムチを心得ていて本当に疲れた時はバイト後にジュースやお菓子をおごってくれたりした。

大島はそんな彼らを持ち前の毒舌で御してくれた。年はキム兄と小林さんの方が上だが正しい批判をする大島にたじたじになる瞬間もあり、僕は結構彼女に助けられた。ただ赤めがねはセンスがないと思う。福岡は口にピアスしてる時点で衝撃的な外見をしている。バンドをやっているらしい。無愛想で友好的ではない彼女を最初僕は恐れていたが話してみると結構人見知りするタイプとの情報を得た。口ピアスはご飯を食べる時や歯磨きの時結構邪魔とのこと。笑うとめちゃくちゃ可愛くて一時期彼女とシフトがかぶる事を神に祈ったものであった。僕の知り合いの中ではTOP3に入る容姿の良さだった。

久保田先輩は学校の先輩だったが、会う度に「俺は尻が好きだ。男は成熟すると胸より尻が好きになる。」という持論をぶつけてくる生粋の変態だった。僕も「脚以外に価値など見いだせませぬ」と反論をしていたのでいつも終わりのない論争を繰り広げていた。柳はバイクを愛する孤高の男で、人当たりも良くいいやつなんだが倉庫からカロリーメイトを1ダース勝手に持って帰るようなモラルなき若者であった。

彼らは学校の多くの常識をわきまえた人達とは違い尖った人間だった。だが働きぶりは真面目そのもので尊敬できたし、彼らの話や行動は刺激に富み僕を興奮させた。彼らとの触れ合いは学校では気付かないような事を色々教えてくれた。昔から話を聞くのは得意だったが本格的に人に興味を持って話を聞くようになったのはこの頃からだったと思う。

僕の行動パターンでは絶対に同様の事をする事がないと思える尖ったバイト先の人たち、高校内では恐らく変な人たちが集まった弓道部の部員、恐らく良識的な判断をするクラスのグループ。彼らは生き方や考え方はバラバラで皆それぞれに良い所、悪い所がある。触れ幅の大きい彼らと付き合っていくのは大変と思うときもある。だけどそれ以上に毎日を楽しく刺激的なものにしてくれる彼らはかけがえのない存在であり、僕自身が彼らの良き隣人でいたいと希う。

【第五話へ続く】
※登場人物は本人特定できないよう偽名を使ってます

あとがき

お疲れさまでした。

面白い事に中学時代は結構クヨクヨしてたのにこの頃になると結構陽気な人間になってるんですよね。人への強い好奇心や多様な価値観を受容することへの姿勢はこの頃に土台ができたんだと思います。

一度化粧をした人は、それからずっと化粧するようになると聞きます。それは美しい自分を見たらずっとその状況でいたいと思うようになるからだと思うんです。人は一度知ってしまった蜜の味を簡単には手放せないんですね。

私には『普通の自分』という密の味は麻薬のように中毒性が強かったです。だからこそ『普通の自分』でいられない時に本当に苦しさを感じました。そこに『普通の自分』だと思って接してきた人が離れていってしまうんじゃないかという恐怖が同時に湧いてきて苦しくなったのを覚えています。

手に入れたものを損なうことで、何かが失われるんじゃないかという恐怖は割と身近だと思ってます。お金がなくなったら見放されるんじゃないか?とかですかね。実際全く何も失われないなどということはないと思います。ですが忘れちゃいけないのは反応を決めるのは相手ということです。嫌われるとか離れていくと断定しがちですがそれは付き合ってきた相手を勝手に決めつける事になります。悩んで苦しんでしまうなら正直に確かめてしまうのがいいと思います。以外と相手が気にしないって往々にしてありますから。笑

今回のテーマは
「常識とは」です。

私にとっては、高校を卒業したら就職をすることは常識で、高校生になったらバイトをすることは常識でした。

今となっては常識をはき違えている偏った価値観だなと判断できますが、人の流動性が低い組織に長くいるとそこの価値観が常識という言葉になってしまいがちだと思います。

自分が考える常識は上記のパターンに当てはまっていないか定期的に問い直したいものです。また、自分が言う常識はどの観点においての常識なのか常に把握しておきたいですね。この国なのか、この地域なのか、この会社なのか、はたまた聞きかじった知識や経験なのか。

気をつけて使っていきたい言葉ですね。

誰かの一助になれば幸いです
2017/8/2 ロマンチストサラリーマン

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です