第七話:弓道ラプソディ

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ラプソディ

自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲。異なる曲調をメドレーのようにつなげたり、既成のメロディを引用したりすることが多い。

※今回ちょっと長いです

第七話:弓道ラプソディ

よし、綺麗な『会』だ。

俺は鏡の前で弓を引きながら鏡で姿勢を確認する。

朝早くの弓道場は誰もいない。雑音もなく深く集中することができる。

思うに弓道とは精神性と様式美の競技だ。心を整え、呼吸を整え、様式に沿って身体を動かし、力学を理解して弓を扱う。

変数の数と力学を理解した上で、矢が的の真ん中に当る基準値を作り、日々それを調整するのが練習だ。

心や身体に大きなブレがあると当らない。心拍数や身体リズム的なものが射に大きく影響するように感じられる。もっといえば基準値を把握して最低限の変数を整えないと練習にもならないと思う。

だから、この競技は成長期の学生には向かないと思う。

そんな事を思いながら、左手と右手を同時に捻る。『引き分け』から『残心』までは力学の理解が必須事項なことを強く感じる。

経験上『会』が決まると8割結果は出てる。

矢が放たれた。

サクッ

虚しい。結果は推して知るべし。

・序曲:アンダンテ

不登校を終えた時、髪が伸びたと言われるのと同じくらい身長が伸びた事を指摘された。3年生に上がる頃には俺の身長は170を超え、入学時から15センチほど伸びていた。

弓道は一見筋肉が必要に見えるけど、実は特別筋肉が必要ということはない。俺は『弓は骨で引くもの』と教わった。骨に負担がかかるからだろうか、この部活に入ると身長が伸びなくなるのは有名だ。不登校の間に5センチは伸びた身長も再び競技を始めると伸長は鈍化した。この時『弓道をやると身長が伸びなくなる』は迷信ではなく事実なのだと恐れ戦いたものである。

 

弓道部に帰って来た時、俺は最初マネージャーとして帰参した。部内で唯一平日もバイトをしている人だったので、俺が中途半端に活動に復帰することは全力を注ぐ部員の練習時間を少しだが減らしてしまう事になるのではと憚られた。弓道場があるといっても的は6個しかないのである。

しかしマネージャーというのは本当につまらない。ひたすら監的小屋という矢が的に当たっているかを確認するために的の近くにある防護小屋に籠もり矢を抜くのが仕事だ。2日で飽きた。俺の仕事は部員のサポートだ。拡大解釈をして後輩達とだべるのが仕事になってきた。

何ヶ月か経った頃に、顧問の先生がまた弓をひかないか?と誘ってくれたおかげで俺は面の皮の厚さを存分に発揮し選手として再び道着を着る事となった。遠慮はある。だがそれ以上に退屈には勝てそうもない。

・諧謔曲:テンポ・ルバート

復帰の目処が立った時、俺はただ楽しい部活動を望んでいた。恋に現をぬかしていた。週が変わる。それくらいの頻度だ。日常と呼んでも過言ではない頻度で俺は女の子に惚れ続けていた。多分病気なんだと思う。

俺はそのとき、後輩のK子が大好きだった。彼女はその代で1、2を争うくらい上手でレギュラーメンバーに入り込んでいた。よく笑う子だった。気がついたが俺はよく笑う子を見境なく好きになっている気がする。

中学校からの後輩を一人弓道部に誘っていたのだが、彼もその代で1、2を争うくらい上手くて、部で一番可愛い子と付き合っていた。

俺の脳内は目算を立て始めた。

不登校時代、俺は栄華を手にしていた。それはトップ層に入っていたからだ。そして、彼も栄華を手にしている。それはトップ層にいるからだ。一見普通の見た目の彼だが、彼女はピカイチの可愛さだ。

ピキーン

某機動戦士系の主人公のように閃いた。

トップ層だ。トップ層に栄華はある!!
俺は修練を積まねばならんのである!この弓道界で力をつけねばならん!!

コン・フォーコ。そんな言葉が浮かんだ。俺は鬼気迫る形相で決意した。ここにレギュラーメンバーに入り込む事を誓う!

某おジャ魔女さんも言っていた。

ピュアピュアドリームでっかくそーだて!!

無性にそんな気分だった。

 

そんな決意の証が示される前に事態は動いた。

我がクラスメイトからK子が恋に破れたとのタレコミを得た。

振った男よ。大義である!
何かの記事で読んだが失恋中はチャンスだ!
友人が俺の思想を覗けるとしたら最低な男過ぎて最早ぐうの音も出ないだろう。

俺の中の天使と悪魔が争いを始める。良心と我欲の間で葛藤を始める。だがすぐに我に返る。こんな漫画みたいな思考をしている場合ではない。そもそも俺に良心などあるものか。

動くぞ!

即断即決。巧遅拙速。古来より早さを勝因とした戦は枚挙に暇がない。このアクションはハイリスクハイリターンだ。成功も失敗も俺の部活内やクラス内の立ち位置を大きく揺るがす。

ええい、ままよ!

 

 

果たして、あらん限りの勇気を振り絞った告白は成功を収める。

俺はこのとき勘違いをしていた。これはゴスペルの始まりではなかった。圧倒的レクイエムの始まりなのであった。

・終曲:ブリッランテ

俺達の始まりは学校近くのマックの駐車場だった。客観的に見るとロマンス成分が足りていないが俺には十分だった。

俺は幸せだった。栄華を勝ち取り、誇りと尊厳を手に入れていた。

『彼女持ち』

このステータスは、某水戸の黄門様の紋所のように、パートナーがいない人たちが平伏するような威光があったのである。
勝てば官軍なのだ。
一言で言い表せば俺は図に乗っていた。

 

結論から言うと我々は幸せにはなれなかった。

初めてのおデートなるお出かけですでに兆候はあった。

忘れがちな事実だが、俺は再びの『公然猥褻カット』であった。そこに追い打ちをかけるように俺にはファッションセンスとやらがなかったらしい。

着ていった勝負服のショッキングピンクをベースにした『しまむら』のTシャツやズボンはダサかったらしい。待ち合わせに現れた俺にとても微妙な顔をしていた。聞くとどうやら俺は魅力値が足りない状態らしい。

ピンクはオシャレでカッコイイ。

何かの記事で書いてあった事は幻想であった。俺のタンスの中にはピンクで溢れているというのに。

 

後から後から出てくる問題点に苦悩しながらも我々は思い出らしい思い出作りに奔走した。

そんな中で俺はここぞでいつも決めきれない。論理派を自称するただのヘタレ君だった。

ある日初めてハグを試みた。何かの記事に女子は後ろからハグをされるのが大好きだと書いてあった。俺の手は後ろから彼女の前方に回る。あとは身体を密着させれば完璧だ。

だが我々の身体は密着することはなかった。

俺は初心を拗らせすぎた。緊張のあまりある一点が緊張から解きほぐれなくなってしまった。ど緊張である。必然的に俺は密着を避ける。腰が引けているが手だけはまわしている状態だ。これは第三者の視点から見ると綱引きをしている時のポーズに近い。滑稽と言わざるを得ない。

俺は度重なる失敗から彼女から『ハグが下手なヘタレなやつ』というレッテル貼られてしまった。歯ぎしりが止まらない。我が身体の事ですらままならぬ!お付き合いとは真に奇怪である。故に俺は日々よくわからないどこかの記事を読みあさるのだ。ままならない日々ではある。だが心躍る日々だ。

 

 

そんな日々も突然終わりを迎えるものだ。あるとき俺は振られた。

彼女はかつての好きな人が忘れられないそうだ。最後に悪い所をいって欲しいと言ったら、たくさん出て来た。ズタボロだ。電話越しに打ち拉がれた。

全体的に魅力が足りていなかった。弱ってる時につけ込んだから上手くいった訳で自分の魅力が彼女のお眼鏡にかなったわけではないことを思い出した。

俺は全力を『付き合う事』に置いていた。それにはパートナーが強く関心のある領域で力をつけることが有効なのは間違いない。面白かったり、物珍しかったり、好意的な注目を集め続けることができれば『お付き合い』までいける可能性は高い。いわば専門領域を生かした局地戦で済む。ここは頑張れたはずだ。

だが、『付き合ってから』は総力戦だ。魅力的でいるために必要な能力の幅は広く、俺には女性にとっては何が大事なのかの想像もできていなかった。俺の想定外の部分であった。八つ当たりだが男には優しさだけで良いと言っていたどこぞの記事に恨みをぶつけてやりたい。

栄華を手に入れたと喜んでいた自分本意な能天気さを呪う。『真意を告白し受け入れてもらうこと』は始まりに過ぎなかったのだ。

お互いが幸せになるためには男性としての魅力を磨き続けねばならん。局地戦ではなく総力戦で勝てる男にならねばならぬ。

そんな事をようやく気付いた。
井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る。

俺は振られた自分に浸った。ナルキッソスも瞠目するであろう。

 

だがやはり思う。

彼女は幸せではなかった。
俺は幸せにすることができず、俺たちの関係は彼女にとってのただの気の迷いで終わる事と成った。

もっとできた事があったはずだ。

愛は欲しい。だが一時の愛などいらぬ。本当の意味でモテたい。心からそう思う。

・情動のコリオグラフィー

色ぼけをしても部活動は積極的に取り組んだ。練習量と結果が比例の関係にあったのも俺のやる気を高めてくれた。

不登校期間とマネージャー期間にプレイヤーとして離れたおかげで悪い癖や凝り固まった考え方が頭から抜け落ちていた。その上で復帰後は良き師に会う事ができた。学校の近くの神社に弓道場があって、そこの管理人さんが力学に沿った身体の動かし方を教授してくれた上、指導もしてくれた。それまで培った基礎と経験、それに体系だった知識が加わって俺はブレイクスルーを起こせた。そもそもライバルもそんなに多い訳ではない。一気にレギュラーにのし上がった。

 

そんな中俺は練習外の部分でとても悩んでいた。
部の中には『楽しい部活』を求める層と『勝利を求める層』が混在していた。我が部は代々部長は指名制で大抵が一番弓道が上手い人間を指名する。俺らの代もご多分に漏れず一番上手い『山田』が部長になった。

彼は勝ちに拘っていた。勝ちたい気持ちと練習量は正しく比例していた。彼は誰が見ても打込んでいる人と言えただろう。だが、ほんの少し対人関係が下手だった。彼は『練習への意欲を強く見せる人』が大好きで、『楽しい部活』を望む層をあまり顧みなかった。部長の持つ強い権限は多くの場合、自身の意を汲む物のために振るわれた。

当然部内の雰囲気はよくなかった。『楽しい部活』を望むグループから見ると、山田は権力をふるう暴君に見えただろう。実際よく不満が出ていた。

部活外も含めて仲が良かったのは『楽しい』グループだが、本音で話して熱くなれたのは『勝利』グループだ。部活中は正直、言行一致の『勝てる』グループを好ましいと思っていた。俺は『楽しい』も『勝利』もどっちも欲しかった。だからグループにも所属しなかった。どちらの人たちとも仲良くしていた。

だが一緒にいれば同意を求められる機会は多い。

「山田は部の雰囲気を悪くしている。部長は○○がやれば良いよね」
「あいつらは練習量が足りてない。そんなやつらは放っとけ」

俺はこの手の話が大嫌いだ。直接言え。俺は悪口は直接正面派だ。だがどちらの言い分も正しい面がある。

だから適当に返事をするか、部分的に同意できるところだけ同意するか、話題を変えるか等で逃げていた。たまにあまりの一方的な見方の物言いにイラっとして反論を返す時もある。だが不満が表出する時は対立する意見に対する受容の幅が狭い。ほとんどないと言っても過言ではないだろう。俺はソフトに言い返していたが意味があったと思えた事はない。

いつも目指す方向性としてはどちらも正しいと思っていた。学校の部活の在り方として考えたとき明確に否定できる材料などなかった。だからこそ現時点のメンバー全体での在り方を探さねばなるまい。

だが、彼らには歩み寄りがなかった。持っているものを仲間内で話すだけで、妥協点を探るというアクションまではたどり着けなかった。俺自身も組織の理想がなかった事で静観をしていた。正直目立ちたくないという気持ちも相変わらず強かった。多発生脱毛症は治ったわけではないのである。

 

歪な関係のまま、俺たちは最後の大会を迎えた。

なんとか団体戦の5人に俺は入ることができた。メンバーが練習通りの力を出せれば、県大会は全然狙える範疇だった。こんな最初の地区予選でこけるはずもないと思っていた。

だが、俺たちは地区予選すら通らなかった。

俺もふるわなかったが、山田はやらかしてしまった。初心者と見間違うような結果を出してしまった。彼は誰よりも結果に拘っていた分、戦犯扱いをされてしまった。

叱責されて仕方ない面もある。彼は平等ではなかった。だが彼だけが悪いと言われるのはおかしいと思った。チームで負けたはずだ。非難が飛び交う待機室で俺は、悔しさや不甲斐なさ以上にどこか寂しさを感じていた。

俺の引退の言葉はたった2つのメッセージで終わる。

「関わってくれた皆に感謝してます」
「後悔だけはしないように」

中学校の部活の引退も同じような言葉を残した気がする。

俺はこの部活動の結末に後悔を覚えていた。山田一人だけが非難されたこと。メンバーの気持ちは最後までバラバラだったこと。結果を出せなかったこと。後輩を嫌な気持ちにさせるような事をしてしまったこと。一つ一つの結果にもっとできる事があったと確信していた。

こんな後味の悪い思い出は二度と作りたくない。

皆に向けて言ったはずの最後のメッセージは誰よりも俺の中に深く刺さり、行動指針になった。

【第八話に続く】

※登場人物は本人特定できないよう偽名を使ってます

あとがき

お疲れさまです。

どう見ても高校時代の自分はかなり自分勝手ですね。今は大分よくなったとは思うのですが。。。

しかも、この頃から凄くオーバーリアクションな人間になりまして、いちいち芝居がかった言い回しを好むようになります。笑

高校時代は今の価値観を形成する、起点の出来事が多かった気がします。私は一回の物事で意見が急激に変わる事は少なくて、大抵これ前も思ったなと感じたときに、記憶と紐づけて価値観に昇華することが多いです。その原体験が高校時代は多くいので後々あれ書き忘れてたとかないようにしたいです。

今回の主張は
「最初は誰もができないからとりあえずやってみよう」「後悔はしないように」です。

自分の中ではやっぱり恋愛で例えるとわかりやすくて、私みたいに変な記事ばっかり読んで頭でっかちになると、やってもいないのに既にできる気になっている事が多いなと。

いざデートに行ってみると想定してない事態が起きたり、全然上手くできなかったりする。むしろ予想通りにいく事の方が少ない。

上手くいったらその教えを自分の価値観にすればいいんです。失敗したら。足りなかった観点を補えば次はもっと上手くできると成長を喜べばいい。何かを始めるって恥ずかしいことばかりで嫌になっちゃいますが、やってみると色々気付ける事って多かったなと思う機会って皆さんの人生でもたくさんあったと思います。

だから時間が許すかぎり、恥はかきすて色々やっていきたいですね。私もこのブログ始める時は本当恥ずかしかったですが、やっぱりやってみると面白さや難しさが出て来てやってよかったなって思ってます。

そして「後悔はしないように」
これは最早言うまでもないですよね。皆さんご存知。自分がどういう時後悔をするのかの分析して防いでいくだけです。私は基本、ちゃんと吟味して選んだ事じゃないと後悔することが多いので、些細な事でも選択をすることを意識しています。

みなさんの後悔予防法も聞いてみたいです。そもそも後悔の仕方は千差万別なんだろうか?

長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

誰かの一助になれば幸いです。
2017/8/21 ロマンチストサラリーマン

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