第一話:狡猾なる小学生

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・小学生辞典

夏休み:週末
− 暦上では2ヶ月あるが体感は2日。何故かお盆と最終日の記憶しかない

ランドセル:戦闘用の装備
− 守りに使うとよく衝撃を吸収してくれる。投げても強い

親:宿敵
− とりあえず風呂に入らせようとする。謎

お年玉:貯金
− とりあえず親に没収される。謎

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こんばんは。ロマンチストサラリーマンです。

小学生といえば破天荒、無邪気、摩訶不思議さが目立ちますが、理性の萌芽も感じられて不思議で目が離せない期間だなと思ってます。接すると気付かされる事も多く、一人の人間として接していい年齢なのかもなとも思いますね。

はじめに」にて「愛じゃ世界を救えないのでしょうか」は24年間のエッセイを書くと記載しましたが、だらだらと書き連ねるのではなく記憶に残っているエピソードを搔い摘んで書いていきます。

まずは小学生時代について色々と書いていければと思います。事実だけを羅列していっても面白くなさそうなので全体を通して物語風に書いてみます。

お付き合いいただけると幸いです。

第一話:狡猾なる小学生

・神とペット

外から聞き慣れたエンジン音が聞こえる

ーーやつが帰ってきた!
知覚したその瞬間から緊張が走る

車のドアを閉める音がすると、瞬く間に玄関が開かれる
心臓にじっとりとした嫌な汗をかく

ーーそのまま二階へ行ってくれ
そんな僕の願いが通じたのか足音は二階へ遠のいて行った
息を吐き、知らずに強ばっていた身体を伸ばす

ーーこのまま降りてこなければいいのに。。。
僕はそんなことを考えながらまたゲームをやり始める

 

僕の家は少々複雑。祖父母と父と父の妹、父の妹の連れ子が二人、そして僕と弟の計7人で一つの家に住んでいる。

母は僕らが幼い頃どこか遊びに行ってくると行ったきりで既に顔も朧げだ。母がいなくなってからの父は完全に僕らを育てる気をなくしてしまったようだ。母がいなくなり、父の実家に帰ってはきたものの自分で働いたお金は全て自分の事のみに使ってしまう。独り身に戻った気でいるのだろうか。

僕らは祖父母と父の妹に食べさせてもらっている。とても世話焼きで人の子供とは思えぬほど親身に育ててくれる。従兄弟達との距離感も悪くない。

だが、家計を支えるのは祖父母の年金と叔母のパートでの稼ぎだ。節制に節制を重ねても6人で生きて行くにはなかなか大変だ。食べていくだけでも大変なのにそれに追い打ちをかけるように様々な出費が家計を蝕む。そのうちの一つが教育費だ。

小学校の全行程を終わらせるには、無償に見えて実はお金がかかるところがある。部活の活動費や修学旅行の代金や給食費である。

僕らは衣食住全てを賄ってもらっていたが4人分の教育費を賄うのは大変で学校の費用ばかりは父に頼み込む必要があった。

既出の状況から推測できるかもしれないがこれが全く一筋縄ではいかない。

父はこの時すごく暴力的な人間で僕らが普通に頼み込んでも無視をされるかお金の無心に対して激昂するかのどちらかだ。

テストでいい点をとった事を報告したり、熱を出して寝込んでいたりしても興味がなさそうにしていたので本当に僕らに興味がないのだろう。それなら非常に納得のいく話で、興味がない奴らからお金をくれと言われたら無視や激昂するのも自然な反応ではあるなあと思う。

だが、全く興味がない訳ではないようだ。

たまに機嫌がよかったりすると近くの売店に連れて行ってくれて、ジュースやお菓子を買ってくれる。僕らからするとこの出来事は干天の慈雨。だが実態は神の気まぐれだ。

神は本当に意地悪で僕と弟のどちらかしか連れていかない事がほとんどだった。そして、その神の気まぐれが起きるときは機嫌が良いことが前提なので買い物への道中でするお願い事は通りやすかった。

そうなれば僕らが神の寵愛は奪い合うのは必然。助け合うべき僕と弟は強力なライバル同士であった。生きるとは斯くも悲しく醜く生きあがく事なのであろうか。

神の判断が下った時の罪悪感と優越感、羨望と劣等感
そんな日々は人間としての正しさなどすっ飛ばしてしまう。人から見たら、「そんなもので」というものを巡って、僕らは神の掌で踊り続けている。

だが神の気まぐれは良い面もあれば悪い面も勿論ある。

機嫌が悪いと本当に手に負えない。些細な事で怒りだし、僕らを言う事聞かない子供であると罵る。この時、僕は表面上は平謝りを繰り返す。長引かせると手が出る事もあるからだ。だが心の中は真っ黒な気持ちで埋め尽くされている。ハズレを引いたという感覚と貴様の言う事を聞く道理などないという怒りで埋め尽くされていた。

そんな神と対峙するために僕は観察眼を磨く必要に迫られた。

機嫌が良いときは接触時間を増やし
機嫌が悪いときは脱兎の如く逃げ
機嫌が普通なら、機嫌がよくなるようなトークを繰り広げた。

また、本当に豪運に恵まれるとお小遣いがもらえたり、生活をよくするための交渉の機会がもらえたりしたので僕たちは四六時中全精力を持ってご機嫌取りを行う必要に迫られていた。僕らに毎月のお小遣いなど存在しないのである。

全力をもって愛想をふりまく子供。僕らは愛玩動物で僕ら親子の関係性は本来愛に溢れた父と子という関係性ではなく、神とペットと呼んでもおかしくないほど歪んだ主従関係だと思う。

・集金袋

そんな僕の家庭事情は確かに結構複雑だけど学校生活は結構穏やかなのである。

皆が苦手な算数が得意だし、物語や伝記を読んでいたせいか勉強全般に広く興味を持てた。運動も好きだし、ゲームもめちゃつよ。みんなとも割と仲がいい方だと思う。

ただ、背丈が小さいのが悩みで整列時に前から数えるとすぐの場所から離れられないでいるのは男の沽券に関わると思っている。チビな僕は喧嘩は勝てた試しがない。負けて学校から脱走した事もある。誰にも理解されないけど戦略的撤退なんだ。

小さい学校なので、学年間の隔たりもなくて休日は校友と過ごす事がほとんど。最近は野球にはまっているので近所の家に電話をかけまくって人を集める。僕は左右に打ち分けるのが結構得意でむちゃくちゃなノックばかりしていた。勿論みんな上手くとれず後ろにボールがテンテンと転がって行く。夢中で打ち込んでいると気付く。意外とみんなボールを追う事が好きらしい。そのせいで更にめちゃくちゃにノックを行う。

僕は野球に目覚めた。
いたって平和な小学生生活だ。

ただ、問題があるとしたら集金袋の配布だ。これが配られる時だけ本当に辛い思いをする。誰にも見られないように、もらったらすぐ隠す。僕の集金袋だけ、受領の印鑑が全然ない。

ため息がでる。
この時ばかりは途方もない無力感に襲われる。先生に申し訳ないと思いながら会話をやり過ごす。季節が変わっても僕の袋には受領印がなかなかつかない。これが定期的に父にお願いをしなければいけない最たる理由だ。

父の妹(以降、叔母)がお金を出してくれる事もあるが、その事が更に僕の心を軋ませる。途方もない迷惑をかけているのに、ここまでしてもらうなんて。。。

必死だ。叔母も祖父母も。少ない金額の中で生活をやりくりしている。娯楽にお金や時間を使っているのを僕はほとんど見た事がない。

祖父母がお金の請求をしても無視か激昂をしている父を見ると心が痛い。同時に怒りが込み上げてくるんだ。

少しはお金くれてもいいじゃない
あんたは美味しいもの食べて
お酒飲んでタバコ吸ってスナック行ってで
そのしわ寄せがこの世帯にきてるのさ

ため息が出る。
眉間に寄った皺が力なく元の位置に戻る。
怒りと諦観、そして自嘲。

そんな人に媚び打って、頭を垂れて、感謝して、ほんの少しの施しを頂く。そんな自分は一体なんなんだ。ちっぽけな自分が大層惨めで無力を感じる。

小学生という身でできる事の少なさ、その無力さを感じずにはいられない。

自分という存在の矮小さをこれでもかと見せつけてくる、この集金という行事が僕は大嫌いだった

【第二話へ続く】

あとがき

書いてみました小学生編
感覚的に「愛じゃ世界を救えないのでしょうか」は全体で10話ほどで終わりそうですね。

この話はほとんどノンフィクションです。起きた出来事や主観は事実なんですけど本人特定ができないように所々ボカシて書いてる分があるので、ほとんどノンフィクションです。

凄く父を悪く書いてますが、私が浪人生の時に行動の背景がわかりある程度仕方ない部分をあると納得しています。なので今はお互い好きも嫌いもない関係だと思います。ですがこの後もかなり悪役として出演予定です。笑

お恥ずかしながら各話にメッセージといいますか、一緒に考えていきたい事がありまして今回は「親子とはなんなのだろうか?」です。

子供がここに生まれてよかったなと親は子供を産んでよかったなとそう確信できる家庭が増えてくれたら嬉しいですし、全ての家庭がそうなれるよう理想の家族や親子について一緒に考えていけたらいいなと思ってます。

誰かの一助になれば幸いです。
2017/6/15 ロマンチストサラリーマン

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