第八話:時間とお金

アイキャッチ

労働

身体を使って働く事。特に、賃金・報酬を得るために体力・知力を使って働く事。

第八話:時間とお金

・労働の掟

「体調や個人の都合は関係ない。約束した時間に来て持てる力を発揮する。その対価としてお金をもらう。働くとはそういう事だ。」

熱がある中バイト先まで足を運んで休みをもらえないかという交渉を始めた直後、店長が鬼の形相で言い出した台詞は今でも忘れられない。

その日俺は当然のように最後まで働いた。

ーー

不登校から戻って来た時、バイト先を狂った人ばかりのスーパーから学校近くのコンビニに変えた。名残惜しい部分はあったが、心機一転を優先した。

働く場所が変われば人も当然違う。狂人の数は減った。

そのコンビニは、スーパーと違って制度や研修もちゃんとしていた。権限はピラミッド型で店長と店長の弟さんと奥さん、一家と仲の良い松田さんという若い男性が社員として在籍し責任を負う頂点にいて、その下にバイトリーダーが数名、その下にバイトという組織図だ。

結構熱心な店長だったのでキャンペーンや新商品の度に県内の他の店舗との売上を比較して一喜一憂していたりいた。いつも県内トップになりたいと言っていて、実際毎回上位層の結果を出していた。その熱意に押されてバイトリーダーもやる気を出し、それは普通のバイト君であった俺にも熱量が伝わって来て心地よい空間であるなあと感じていた。

以前の職場と直線距離で500mも離れていない職場なのに働く人の性質はこんなにも違うのか。正直あまりにもスーパーといる人が違いすぎて同じ地域に住んでいる人と認めるのに時間がかかったのは仕方ないことだと思う。

また、不登校帰りなので無性にありがとうを言われたい欲求と自分の努力がそのまま社会への貢献になっている実感が相まって、本当に真面目に働いた。人に喜んで欲しかった。ただのレジでも最高に気持ちいいレジでありたかったし、何かどこかでお客様にありがとうを言わせたかった。シフトを入れてなくても仕事を手伝いにきたり、雑談をしたりしていた。生きる意味を他者に依存していた。

甲斐あってか、先輩が卒業するとき俺は新たなバイトリーダーに任命された。商品の発注や在庫管理、POPの作成、バイトへのモチベーション管理。最初は失敗ばかりで怒られて苦しい日々だったけど、信じて任せてくれたからには答えたいという気持ちでいっぱいだった、業務量は増大しサービス労働万歳だったが幸い他のバイトリーダー達を見習って工夫すれば成果は出た。彼らはライバルであり、苦労を分かち合える友だった。成果や姿勢を褒めてくれる上司もいた。バイトの皆にも頑張る楽しさを知って欲しくていつもむちゃくちゃに張り切っていた。アットホームな厳しさが好きだった。お金ではない何かが俺を奮い立たせていた。

昔バイトは『楽しい時間』だった。誰かと事件を共有して笑い合う場所だった。事件が日常だった。でも今のバイトは『喜びある場所』だ。熱量と信頼でお互いを高め合う。みんなが1つの目標に向かって頑張っているのは部活のようにも感じられたし、家のような安心感もあった。バイトへの期待が期待以上で帰ってきた時の喜びは言葉にならなかった。

俺は一連の労働を通して確信した。労働とは楽しさや喜びを得ながらやるもんだ。それらがないバイトは伸び悩む事になる。責任が増えると仕事は難易度を上げる。だがより大きな喜びを生み出せるようになる。それは自分の価値観に人を巻き込めるようになる事だ。誰かの喜びを自分が創れるようになるんだ。

人は楽しさや喜びを感じると全力になれる。楽しくてついつい全力を出してしまうこと。これが労働の掟なんだ。

リーダーや上司はそれらを創ってあげることが仕事に入ってくるんだと思う。たくさんの学びがあった。人に期待し続けること、言葉を尽くして要望を伝え続ける事、誰よりも全力で働くこと、仕事に対する哲学がここら辺からできていったように思う。

・自宅浪人

部活も終わり学生生活も終盤。進路に関しては就職一本で考えていた。早くお金を稼いで家計を楽にするのが俺の使命だと思っていた。

求人票を見ていると、ふと恐怖が首をもたげる。

この月給ではじり貧ではないか。俺が高卒でせせこましく働いていても、出世も考えられず、家族が食べて生きていく事しかできないだろう。俺ら一族はこのような寒村のような生活を続けててよいものだろうか。俺は果たしてこのままで良いのか?誰かがどこかで変えなければいけないのではないか?

そんなことを考え始めたら止まらない。

力が欲しい。何か大いなる力で一族の負を消し去ってしまいたい。お金なのか社会的影響力かはわからないが、大きく変えるには社会的な力をつけねばなるまい。よし。大学に行こう。大学で学べば今より答えが見えるようになるはずだ。

だが正直、受験システムがわからない。周りで真剣に受験を考えている人はほとんど見た事がない。聞くとどうやら、私立と国公立があって、私立なら3教科で行けるとのこと。とりあえず受験のための赤本なるものが学校にあるらしいので開いてみる。日本大学って聞いたことあるな。

うん?合格者の数字を見てみると57や58程度。3教科で170。政治経済で80点、国語で80点あれば、英語壊滅的でも合格じゃん!ちょろいな大学。

俺は受験する気になった。求人票で見たサッポロライオンの学生社員制度を使って上京するしかない。

お金もないので一発勝負の一般入試だ。受験料も入学金も驚くほど高い。世の中いたるところに経済格差が見受けられる。払えない人は受験する資格もないのかと考えると少し心がささくれ立つ。バイト増やさないとな。

ーー

試験の前の最後の模試。英語は250点中105点だった。ふう。最初から50点くらいは上がったんじゃないか?できなすぎて笑いそうになる。国語と政治経済は悪くない。国語はずっと得意科目だ。政治経済は暗記なのでやった分だけ伸びた。英語が頭を抱えてしまう。何言ってるか未だに聞き取れないしあんま読めない。俺大丈夫かな。

ーー

来る結果発表。

俺は滑り止めに行くしかなかった。どう考えても180くらいは取れたはずなんだけどなあ。と赤本を見てみると57や58の数字は受験者の合格偏差だった。お間抜けすぎる。笑えない。

俺は滑り止めを1つ受けていたが行く気なんてなかった。ただ、滑り止めでも大学を行く事を就職先に求められたから受けただけなんだ。現代の学歴社会は日大くらいいかないと選考にものれない企業があるのは知ってるんだ。ギリギリな壁だったんだ。

ちくしょう。

よし、浪人しよう。

俺は現状をぶち壊せる力が欲しい。それにはやっぱり、社会的ステイタスや年収がある程度必要だ。金もなく学もない俺の話を誰が聞く。立派な大人になって、ここがおかしいと家族を説得して取り巻く環境を変えていかねばなるまい。

やってやるぞ。俺はやるぞ!やらいでか!

就職先に断る連絡を入れてもらった。本当に申し訳ない。もし来年同じ求人がこなかったら俺は在学生になんて謝ればいいんだ。それ以上に何かを生まなければ。

覚悟はできた。俺はひっそりと浪人することにした。進路が決まって楽しそうに卒業していく奴らが光に包まれた存在に思える。羨ましいなあ。俺が浪人する旨を伝えると皆驚いた。みんな「頑張れ」とは言うが、本気で俺を応援してくれる人がいるようには感じられなかった。

 

卒業すると肩書きのない己が社会から弾かれた存在のように感じられる。

俺は入学金を貯めつつ、勉強をしなければならない。12ヶ月なら9万ずつ貯める感じか。のうのうと予備校生活を送っているやつらが少し羨ましいが致し方ない。午前中はバイトして午後から勉強でいこう。

長き一年が始まるのだ。
底がここだとすればあとは登るだけだ。
その言葉が俺を支えていた。

・パワーゲーム

早速俺は近所のスーパーの総菜部門で働く事になった。近所の中で一番時給が高い。都会レベルだ。ありがたい。朝の7時か8時に始まるバイトは嫌でも生活リズムを正しくしてくれるのでそちらの面でもありがたかった。

職場に行くとおばさま方に暖かく迎え入れられた。どう考えても平均年齢は50くらいだろう。俺は職場選択を間違えたのかもしれない。一人だけ20代の方がいて俺はこの人を清涼剤と呼ぶ事になる。

流石に3つめのバイトだ。環境適応は上手くいった。だが話せば話すほどあまりにも逞しい婆様方だと感じる事になる。

政争だ。組織とはこの事象から逃れ得ることができるのだろうか?人材の流動性が低い現場では解消が難しい。この女の職場は派閥があり力関係が明確だった。全員で6人しかいない職場は俺がどこに所属するかで大きく発言力が変わる可能性があった。当然所属などしたくない。二大強者の現リーダーの田所さんと下克上狙いの長町さんはどちらかを立てればどちらかが立たずで波風を起こしたくない俺は発言と対応に細心の注意を払わねばならなかった。

彼女らは譲るという言葉を知らないのだろうか。心行くまで毒を吐く。強烈な皮肉や、あからさまな私不機嫌ですアピールは日常茶飯事だった。てめえらは中学生か!ぶつかり合う彼女らを見て肝っ玉母さんを通り越して闘牛を思い出した。

世は狂人ばかりなのであろうか。

俺は世を憂えてただひたすらに作業に没頭するようになった。触らぬ神に祟りなし。世に救いあれ。

俺は毎日弁当を作っていた。だが一つだけ苦手業務があった。それは炊きたての御飯を容器に手で移し替える作業だ。他の作業はスピード、正確性共に自負を持っていた俺は常々この作業は誰かにやって欲しいと思っていた。あまりの熱さに手が赤くなってしまい上手くできないのである。いつも泣く泣く手を突っ込んで精一杯取り組んでいたがこの作業の比較優位は間違いなく他の人にある。だが、下っ端であり面倒事が嫌だった俺はただ無心で取り組んでいた。これは修行なのだ。

ある日、長町さんが

「○○くん。こんなの全然熱くないよ。ほら、こうすればいいじゃない。」

と手で移し替える作業を見せてきた。突然俺にはふつふつと怒りが湧いて来た。

「はっはっは、じゃあ長町さんやってくださいよー」

「えー嫌よー」

嫌よじゃねーんだよ。てかやり方同じじゃん!てめえの掌の神経系は死んでいようが、わしゃピチピチの18歳じゃボケ。掌の神経はまだ生きているから熱いし痛いし赤くなるんだよボケ!熱くないならお前がやれよ、お前の仕事が遅いから俺がこの手間がかかる米移動をやtだこjふぉあhgd。

俺は癇癪を起こし、この日から田所派閥に入った。完全に虫の居所が悪かったとしか思えない。人の心とはままならんものである。

そこで気付いたが、派閥に所属している人間は意外と思想が統一されてはいないという事だ。全員が敵対派閥に敵意を向けてるかというとそうでもない。中の良さであったり、フィーリングが合うなどの不明瞭な理由で所属している人もいた。派閥の大きさは個人の居心地の良さで決まる面もある。数は力だ。対外的には凄く大きな力を持った存在に感じるだろう。だが、相手方より強い利があれば派閥というものを突き崩すのは容易なのかもなと思った。

これから続いていくバイト生活に不安を覚えながらも世間にもまれるとはこういう事なのかもしれないと思ったりしながら、今日も勉強に戻るのである。

【第九話へ続く】

あとがき

お疲れさまでした。

ついに高校編まで終わりです。意外と長くなってしまった。

高校3年生の時の自分は結構おばかで、受験というものを全然理解していなかったんですよね。普通に生活してて受験の話とか出てこない環境だったので致し方ないと擁護したい気持ちもありますが、どう考えても不注意すぎですね。お金の事も、偏差値の事も全然考えが足りていなかった。

気になって母校の進学先調べたら昔より多くの人が、大学に進学をしていて時代を感じたりしました。進学率は年々増えて、学校も増えているので当然ですかね。より進学が身近になって学生にとっての将来設計への情報の非対称性が薄まるのは嬉しいことにも感じますが、大学出るのが当然みたいな世の中は、それはそれで息苦しい。本来はより多くを学びたい人が集まる場所だったと思うのですが。

このサイトに進学率周辺のグラフが載っているので興味ある方はどうぞ。

今回はテーマは「アルバイト」です。

私は進学や生活のために多くの時間をお金に換えてきました。時間とお金の関係はトレードオフにあります。時間って命と同義ですよね。だから私たちは命をお金に換えている。

なので時間単価が低い学生にトレードオフだけを求めるのは勿体ないと思ってしまいます。将来的により高い単価で長い間働く事になるのに学生時代にわざわざお金と時間を交換させる必要はありません。だからこそそこで得られる何かを大切にして欲しいなと思ってます。何かを得られていると実感できないバイトは極論しない方が良い。人生を消費してしまうだけです。

ただ選べない、働かざるを得ない学生がいます。私自身長時間働いて得るものが多かったと思っていますが、もっと自由な時間も欲しかった時期がありました。そんな中で思っていたのは労働量を制御できる環境がベストなのかなと思います。本当に何かに集中して取り組みたいという時期は支援が受けられる。そういう部分的な支援をできるような仕組みが欲しいと思ってました。

人生を通して仕組みを実現したいですね。最低限何らかのサポートには携わりたいです。

最近は子供の貧困が問題になってきているので少しでも皆様の記憶の片隅にでも残ればと。2つほど記事を載せてみます。時間あれば見てみてくれると嬉しいです。
生活保護世帯の貧困大学生
学生達が語り合った子供の貧困

今回はちょっと重くなりすぎましたね。反省。笑わせながらも何か考えさせることができればいいなといつも思ってます。頑張ります!

誰かの一助になれば幸いです。
2017/9/7 ロマンチストサラリーマン

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です