第三話:青が僕らを染め上げて、また春が来る

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青い春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方を言う
ーサミュエル・ウルマンー

第三話:青が僕らを染め上げて、また春が来る

春だな。

日が伸びてきて、少し暖かくなってきた事が冬の終わりを感じさせる。今日は天気がいい分尚更である。こんな日は寒さで休眠を強制された生き物達が鬱憤を晴らすかのように活動的になっているに違いない。

受験も終わり最早特筆すべき行事は卒業式くらいしか残っていない昨今。

僕らは思い出話に花を咲かせるためだけに登校しているようなものだ。そんな雰囲気だとひねくれものの僕でも少しくらい青春を懐古したくなる。

ーー

・白球

キーン

金属バットが白球の芯を食う音がする。

打球が高く飛び上がるのと同時に背後へ走り出す。外野を守っている僕の全力疾走を尻目にボールは悠々と僕を飛び越えていく。

鳥みたいだ。僕もこんな遠くまで打球を飛ばしてみたい。

何度目かわからないほど頭の中を駆け巡ってきたこの言葉のせいで走りながら少し悔しさがにじんで来る。僕はもう三年生だがいつまでも納得ができていない。劣等感をどこまでも生み出すこの競技を僕は嫌いになり始めていた。

ーー

僕は野球部に入っていた。

一個上の仲の良かった先輩も入っていたのもあるが、何より野球は僕らの生活に根付いていた。親父は草野球チームに所属をしていたし、野球のテレビ中継が好きだった。僕は野球をするのも、野球のゲームをするのも大好きで有名どころの選手の名前は全部覚えていた。特に巨人の松井が大好きでヤンキースに移籍するとの発表は晴天の霹靂で、巨人という大帝国は松井がいなくなったら終わると思ったくらいだ。お金がなくて少年野球チームには入れなかったけど、それでもたまに素振りや壁当てをした。

それくらい身近なこの競技が僕は好きだった。

しかし蓋を開けてみると現実は酷く残酷で体格の壁が僕の前に立ちはだかった。僕の身長は待てども待てども伸びなかった。学年低身長ランキングで常にTOP3にいたと言えば程度が伝わるだろうか。この頃の成長格差は残酷で『好き』だけでは埋まらない差があった。僕の打球が外野まで届く事はほとんどなかった。足も早い訳ではなく、球を投げる力も弱い。ほとほと適正がない。

『時間だけは』と思いつぎ込んだ努力は報われなかったと思った。ただ遮二無二バットを振り回す事は努力ですらなかったのかもな。そんな中で体格のいい人や少年野球からやっていた人が活躍する度に僕の心には薄暗いものが溜まった。自分の非力を環境の差のせいにしてしまいたかった。表には出さないがいつも屈辱が僕を支配していた。

適正はなかったが人には大変恵まれていた。誰も僕を変な目で見なかった。そして尊敬できる人がたくさんいた。先輩も同期も後輩も努力家が多かった。

おおらかな人が多かったが一人鬼軍曹みたいな先輩がいて時間に遅れた奴やできない奴を大きな声で叱った。僕はできない奴なので明日は我が身と死ぬほど恐れていたが、何のきまぐれか部活が終わった後に個別でトレーニングを見てくれることがあった。

一緒に過ごしてわかったが彼は努力家で自分に厳しい人だった。彼と同じトレーニングをしたが厳しすぎて僕はやりながら泣いた。彼の一歩は僕の1.2倍ほど進む。僕がバットを6回振る内に彼は7回振る。筋肉も身長もない事がコンプレックスだった僕にはやればやるほど自分の駄目さと先輩との格差が開く感覚と向き合う時間になった。本当に苦しい時間だったけど彼は必ず「できる」と言って信じてくれた。だから続けられたんだと思う。

彼が卒業する時にコーチが言っていたが、彼は入学時はヘタクソだったらしい。だが僕が見る彼は立派なキャッチャーをしていた。その時になって何故彼がいつも怒っていたのかがわかった気がした。『未熟者は頑張んなきゃいけねえだろ。やれば追いつけないわけじゃないんだからよ』そう訴えていたんだと思えた。

こういう思い出がたくさんある。みんな厳しい事を平然と言い要求する。そんな彼らは総じて自身に大きな負荷をかけ続けていた。お互いに期待を掛け合っていた。本当に最高の空間だったと思う。

僕はなんとか折れずに最後まで続けることができた。相変わらずヘタクソで栄光は全く手に入らなかった。あんなに努力する人たちでも勝てない勝負の世界は、勝つには努力する方法にも拘らねばいけないことと、自分が想像できないくらい努力して積み重ねている人間が存在することもまた教えてくれた。

最後にグラウンドにありがとうございましたの挨拶をするときは、何に対して感謝をしていいのかわからないほど思い出まみれだった。

・赤心

僕は嫌われていじめられる事を心底恐れている。

嫌われないように人の反応をよく観察するようになった。
嫌われないように普通の人を目指した。
嫌われないように面白い人間になる努力をした。

入学時に自己防衛のために作った顔に張り付いた笑顔マスクはいつからか僕の顔になった。今ではこちらの顔が本物で僕は本心がなんなのかよくわからない。

ーー

僕は気の置けない人と話す時以外のコミュニケーションには細心の注意を払っていた。それは父への対応と同じで、傾聴し、なるべく相手の気に障らない話をし、少しユーモアも混ぜる。それをなるべく意識をしていた。

入学当初は生来のお話好きが僕を毎日ヘロヘロにした。だが学生とは不思議なものですぐグループを作りたがる。グループは一度入ると仲間意識が高まるもので心理的な壁なんか一瞬でぶち破ってくる。おかげでくだけた関係も作れたし、ひと学年60名ほどで最初から顔見知りもいるくらいだ。時が経てば経つほど気を使う相手なんかいなくなった。

とはいえ無意識に気を張る瞬間もある。知らず知らずに結構ストレスは溜まった。そんなときは僕は本を読む。幸いな事に図書館が校舎から離れていたのでこっそり通った。

僕らの学校は色恋に疎かった。それでもやはり男達は興味津々で我々は『カッコいい』を心から求めていた。そして何故だか『ヤンキー』は彼女持ちが多かった。そんなギラギラした男達は誰も本なんて軟弱なものに興味を示さないし、僕も静かな空間が好きだったので人には本好きな事は公言しなかった。

『三国志』『デルトラクエスト』『ブレイブストーリー』『ダレン・シャン』等をはじめとする様々な物語にどっぷりはまり込んでいた。特に『三国志』は大好きで、僕も『義』という言葉の輝きの元、孔明の策のような華麗な軍略を考え、関羽や張飛のように正義の名の下に敵をなぎ倒したいと思ったものである。参考文献も漁ったくらいだ。物語の登場人物一人一人の生き様に心を打たれた。智や力にて難関を打ち破っていく彼らは僕の憧れであった。本を読んでいる時だけは全てを忘れ僕は完全無欠の英雄になれた。

そんな僕は現実では色恋なんて実るものではないと最初から諦めていた。勿論憧れている子はいた。だが特筆すべき能力もなく、運動の才もなく、チビでおまけにハゲ。僕は物語の主人公では全くないと言わざるを言えない。クレヨンしんちゃんのまさおくん、水戸黄門のうっかり八兵衛的ポジションだ。モブキャラに近い和ませ担当である。だが悲観はしてない。結構このポジションが好きだったりする。

だから、小学生から見知ったクラスメイトがある女の子を紹介してくれたとき僕は質の悪いどっきりだと思った。でもちゃんと考えてみると確かに親交がある。学力が同じくらいでよくテストの点数で勝負していた。結構サバサバしていてよく笑う奴だった。

疑いは晴れなかったが、言われるがままに連絡先を交換し、僕らはやり取りを始めた。意外と馬が合う。僕は強がっていたが序盤からのぼせ上がっていたと思う。そりゃそうだ。恋愛のれの字も知らないのだから仕方がない。

斯くして僕らは付き合う事になった。
最後の最後までどっちが告白の言葉を言うかで躍起になったのを今でも思い出せる。

そして僕はこれから先ずっと彼女に感謝するだろうと思えた。

家族や友達では埋めきれなかった部分に何かが満ちてきた。自分の全てを肯定されたような幸福感がじわじわ湧いてきて、コンプレックスを洗い流してくれた。恐怖が薄れてずっと張りつめていた心の壁がなくなっていくのを感じた。

彼女は僕に自分を信じていいという足がかりを作ってくれた。今の自分でもいいんだと思えた。
ただ君が認めてくれただけで、心の壁は必要性をなくし丸裸になった。
君といると感謝と自信が湧いてくる。

僕は多分このときに生きていくために必要なパーツの在処を全て知ったのだと思う。
いつも自身に不足を感じていた僕はこの時から前を向いて生きていく事を始める事ができたと思う。

ーー

僕はいつまでも青い小僧だな。

過去を思い出しながら、チラリと彼女の席をみやる。相変わらず彼女はよく笑う。

僕らはうまくいっていない。

お金がなくてどこにも遊びにいけない事が僕の劣等感を異常に刺激して、どうしても距離をとってしまう。

本心を打ち明ければいいのに変なプライドと羞恥心が邪魔しているせいで言葉にできていない。そのおかげで関係性はギクシャクしている。

得も言えぬ不吉を感じ前に向き直る。春が来た。別れと出会いの春が。

【第四話へ続く】

あとがき

お疲れさまです。

今世界で一番むず痒いのは私でしょう。

思い返すとミニサラ時代は本当、コンプレックスまみれでした。ただでさえ髪がないのに、才能もないってどゆこっちゃと思ってましたね。

そんな暗闇の中で女性とお付き合いできた事は、信じられないくらい僕を浮かれさせました。誰も僕を見ていない、お金も才能も夢も希望もない。ないない尽くしの人生だと思ってたら、そんな僕でも見ていてくれて、好きと言ってくれる人がいる。菩薩かと思いました。

彼女はいとも簡単に私の価値観を変えてくれました。そのときから恋愛というか、パートナーに近い存在が相手に与える影響はとても大きなものであると思ってます。そんな関係性だからお互いが少しでも良い影響を与えようと気にかけることができれば良い関係を長期的に作っていけそうですね。

話を戻すと今回のテーマは問いというよりはメッセージに近いです。
【人の好意が誰かの救いになることがある】
【努力とは目的と照らし合わせ、方法まで考え抜いて初めて努力となる】

今回気分を害された方いたらごめんなさい。決して幸せ自慢をしたかった訳ではないです。誰かの人生に何か気付けるものがあったら嬉しいと思って書いてます。なので何か嫌な表現等あれば一言いただけると凄く喜びます。

誰かの一助となれば幸いです。
2017/7/26 ロマンチストサラリーマン

 

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